石田雨竜は出てこない
L to R ver.


石田雨竜は出てこない  「へ、変かなあ」
 うん、変。
 口を開くの面倒であたしは文庫本のページを繰る。おや、と思ってまた前のページに戻った。
 ページの終わりまで読んだはずなんだけど、何読んだのか頭に入ってなかった。
 「鈴?」
 「うん?」
 何故かみちると目を合わせたくない。
 「どう思う?みんなに聞くと何かはぐらかされちゃうんだけど……」
 そりゃ、たつきや織姫、マハナの趣味じゃなさそうだしね。千鶴は論外。聞いた相手が悪かったんじゃない?もっと他の女子に聞いてみれば?結構人気あるみたいだけど、あいつ。
 …………え?それであたしか?!
 「何で?」
 思わず口にしてしまうとみちるがびっくりしていた。そりゃそうだ。話全然繋がってない。
 「いや、あのさ」
 慌てて話を繕う。
 「何であたしにそれ聞くかな、ってこと」
 みちるは安心したようにいつもみたいに並んで歩く。あたしはさっきから読んでる文章が頭に入んなくて同じところをぐるぐる回りっぱなしだった。
 「鈴ってこういう話には入ってこないから……」
 ああ、消去法か。
 たしかに恋愛バナシは好きじゃない。って言うか嫌いだ。くっつくか別れるか、そんだけでしょ。それも他人同士が。
 本人同士の修羅場なら観戦してみたいけど。面白そうだから。
 自分の持ち時間限られてんのに、他人の都合でそれ削られんのが平気な神経ってよく分からない。「付き合いだから」って理由、押しつけられてもねえ。
 まして「付き合ってるから」とか、「恋人だから」とか理不尽極まる言葉を根拠に他人に自分の自由の一部の所有権主張されて、なんで平気かね。
 平気ってより、喜んでそうされてるんじゃないかって思うこともあるし。
 ……男嫌いじゃないとは思うんだけどなー……
 でも
 「石田君のこと……って変かな」
 「うん、変」
 恥らいながら上目遣いで訊ねてきたみちるにうっかり即答してしまった。ごめん。
 
 
 だって変でしょう、あいつ。
 「そ、そんなこと…ないと思うけど」
 「やっぱりちょっとは思ってんだ」
 さっきから
 「そりゃあ…最初は怖かったけど……」
 「怖い?……ってまあ確かにある意味怖いよね、手芸部唯一の男子部員ってさあ」
 「そういう意味じゃなくって…」
 さっきから同じ行ばっかり何度も
 「なーんか陰に篭ってるて言うか。喋んないし」
 「…無口だけどちゃんと呼んだら返事してくれるし」
 何度も何度も読んでるのに文章が
 「それ普通じゃない?」
 「……鈴?」
 文章が頭ん中に入ってこない。
 「何て言うか、学校と家の往復しかしてない感じ?」
 違う。見てれば分かる。姿勢とか足腰の運びとか見てればかなりハードな運動してるって。いつもひっそり、ラインの前に立ったスプリンターのような空気を漂わせている。
 「そのくせチャラチャラ右手にシルバーのアクセサリぶら下げてて…」
 「え?そうだっけ?」
 あれっと思ってみちるを見下ろすと、みちるも同じような顔でこっちを見上げてた。あたしはうつむいて本を読む振りを続けた。
 「オサイホーのときは邪魔になるから外してるんでしょ」
 「何か鈴らしくないね」
 「何が?」
 全くその通りだと思って聞き返した。あたしらしくない。
 「鈴、口はキツイけどいつも人の悪口や嫌味とか言わないのに」
 急所を突かれて言葉を無くした。本を左手に持ち替えて、右手でみちるの頭を撫でる。
 「ごめん」
 出来るだけ自然に笑おう。隠しておこう。せめて自分で理由が分かるまで、胸の内の波風は。
 「ほら、あたしあいつに期末で抜かれたでしょ。だからちょっと頭来てたみたい」
 みちるは、「そっか、鈴、負けず嫌いだしね」と言って笑ったけど、なんだかいつものみちるの無邪気な笑顔と違って見えた。心臓が鳴る。何なんだろう。
 ああ、そうか。
 あたしは怖いんだ。
 みちるの方が前に出た。急に脚を落としたあたしを振り返る。
 「鈴?」
 あたしは本に目を落としたまま颯と追いついて、そのままみちるに並んで歩く。
 いつも通り。でも何かに怯えながら。
 


好きキャラには理解者がいててあげてほしいと思う方です。