コミュニケーション01
L to R ver.


だから俺は驚いたワケだ。
『ありがとう、石田くん』って礼を言う小川に対してあんなふうに応えるやつだし。無礼モンとは思ってねえがブアイソ決定だろ、ふつう。
「ごめん」ってさ。
言ったわけだ。
「悪いが、」でも「すまないけど、」でもなくて「ごめん」だってよ。
て・言うか、いちいち謝るとも思ってなかったし。素通りでただ断るだけだって。
別に迷惑かけたわけじゃねえし。謝んなきゃいけない理由もねえ。
……そっか。
そういうボキャブラリーも一応その頭ん中に入ってたってことか。


なんだか水色には面白かったらしい。
啓吾のおごりで屋上で石田と昼飯食ったのが。
「石田君も行こうよ」
水色が昼飯を誘うとやっぱり石田は、
「せっかくだけど遠慮させてもらうよ」と断ったけど、水色が「今日は僕がおごるからさ」の一言に「…御一緒させてもらおう」とあっさり前言撤回した。
もしかしてあんま金に余裕ねえのか。一人暮らしっぽいし。
死神業代行の俺と違って滅却師には修行してなったんだろ。師匠がいたって言ってたしな。
……家族とか、どうなってんのかな。
水色の方は結構小金持ちだ。資金源が何かは知らないが――知らないことにしとこう。て言うかあんま知りたくねえ――面白いものが見られるんなら大した出費でもないんだろ。
何が面白いのか知らねえけど。
それでいつもの面子で屋上で昼飯食ってると、たつきや井上らと一緒にルキアがやってきた。それでいつものように啓吾が女子を誘う。やきそばパンとコーヒー牛乳を御一緒しようと。それでいつものように啓吾が女子を誘う。
「今度のテスト休みにみなさんで遊園地にでも行きませんでしょうかあっ!」
涙ながらに、土下座も辞さねえ勢いで。
俺はたまに啓吾がうらやましい。たまにってのはこんな時だ。シンプルで。――人生変わってやると言われても御免だけどな。
水色と井上が元気に返事して手を上げる。井上が行くって事は、たつきと本庄も行くことになるわけだ。国枝はホン読みながら「あたしパス」と速攻で断ったのは予想通りだが。
ルキアが「私も御一緒させて頂いても宜しいかしら?」とツクリの笑顔で言ったのは予想通りじゃなかった。
(「遊園地には」とあとでルキアが話した。「何やらこう……可愛気のあるぬいぐるみやらがいたりするのだろう。もちろんそれ目当てで行くわけでなく、こちらの世界にも少しは精通しとかねばな、と思って…何じゃ貴様その疑いの目は!」)
珍しくチャドも行くっぽい。たまにはいっか、と俺も行くことにする。
行かないのは国枝と小川と石田。
啓吾が石田を必死で口説てる。
「なあ、石田。頼むよお」
啓吾が手を合わせて石田にささやく。
「石田が行くと女子の出席率が上がるんだってば」
「何故?」
左手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げながら石田は眉をひそめた。
やっぱりそうだと思ってたが、やっぱりそうだったな。こいつ自覚ねえ。
学年首位で、地味だけどツラが良くって、無愛想だけどフェミニスト(本人はそのつもりじゃないだろうが)の石田は、実は一部女子に人気が高い。水色のように地引網みたいに女子を掻っ攫っていくタイプじゃねえけど、局地的に人気がある。ほんとに局地的だが。
なんだかんだ言って小川もぬいぐるみの面倒はいつも石田に頼むし。
国枝も学年首位を争う人間を意識してるっぽい。別に恋愛感情とは思わないけどな。
「なあ石田。今度また昼飯おごるからさ」
その言葉にちょっと反応したのはやはり貧乏なのか、石田。
けどまあ、やっぱり石田は石田で。
「その辺りは用があって忙しいんだ。ごめん、浅野くん」
と、断った。
で、だから俺は驚いたワケだ。


「ルキアはいつの間にか『朽木さん』で、」
「…何が言いたい?」
「井上は『井上さん』で啓吾は『浅野くん』でチャドは『茶渡くん』なのに、」
「だから何を言いたい『黒崎』」
「何で俺だけ呼び捨てかな」
「なら『黒崎くん』と呼ぼうか?」
「やめれ」
石田に『くん』付けで呼ばれるなんざ気色悪い。
「ならどうしてそんなことを一々言ってくる」
「別にー。…ただ…」
言ったってしょうがねえ事なんだけどよ。
「…まだ俺らは『敵』なんだな」
石田はいつもの仕草で眼鏡の位置を直す。
「君は死神で僕は滅却師だ。それだけだ。」
七月初めの熱い風は、もうすぐ訪れる急変を告げるわけもなく。
「で、それを言うためだけに僕に手芸部をさぼらせて帰りを誘ったのかい?」
「遊子がな、あ、家の妹がな、」
「霊力の薄い方の妹さんか」
「……何で知ってんのか敢えて聞かねえが、遊子がな、ぬいぐるみ一個なくしてえらいしょげてるわけだ。なくしたってより脱走したんだがよ、本当は」
「君が死神化したとき君の体に入る人造魂魄か。で、洋裁の得意な僕に…」
「まあそういうわけだ。代わりに今度、」
「いいだろう。喜んで引き受けよう」
眼鏡の奥の瞳が光を放った。虚を相手にしてたときより目がマジだ。間違いない。こいつの天職は滅却師じゃなくて裁縫士だな。
「何か?」
そんなことを考えてると石田が聞いてきたので、「代わりに今度、ウチで遊子の飯でも食ってけ・て言おうかと思ったんだけど、只でいいんなら別にいい」と言うと、「…是非御相伴に預からせて頂こう」と眼鏡を押し上げながら石田は応えた。
この庶民派め。


11/06 28時