クラシック 2 上

 
 
 襖の向こうから山崎退が声を掛けた。
 「すみません、ちょっと今、いいですかね?」
 応、と土方十四郎が鷹揚に答えると仕事部屋の襖がススっと開いて「ちょっとお耳に入れておきたいことが」と廊下に座る山崎が言った。
 「何だよ?」と土方は書類から目を放さずに山崎を手招きした。山崎は軽く目礼すると部屋に立ち入って、土方の横に座る。声を低めて「ええと、沖田一番隊隊長のことなんですがね」
 沖田総悟の名を聞くと書類を見る土方の目が不機嫌な物に変わった。「んーだよあの馬鹿。まーた面倒事やらかしやがったのか?」
 いえいえ、と山崎は否定するといっそう声を低めた。「実は局中に妙な話が広まってまして」
 「妙な話だァ?」土方はようやく書類から目を離して山崎を見た。「なんだそりゃあ?」
 「実はですね」とひそめた声のまま山崎は答えた。「沖田さんに女が出来たとかなんとか」
 「沖田に女?」土方は居住まいを正すと、山崎の方に向き直った。「ちょっと詳しく話してみろ」
 土方に促され、山崎は局中に広まる話を聞かせた。真撰組一番隊隊長、沖田総悟が先日の雨の中、女と相合傘で街を歩いていた、それも中々に悪くない様子だった、と目撃した者が居るとのことだった。
 「沖田が女となあ……」釈然とせず土方は鼻を掻いた。「まあアイツも年頃だ。そんな相手の一人や二人いてもおかしかねえやな。で、相手の女ってのァ、どんな女だ?」
 「それなんですがね」と山崎は襖の向こうに気を配りつつも熱を帯びた調子で、と言うよりも面白がって言った。「万事屋の旦那のとこに娘が一人居るでしょう?」
 「応。あのチャイナ娘な」
 ええ、と山崎が頷くと、土方は胡坐をかいた体を揺すって山崎に問い質した。
 「まさかそのチャイナ娘と相合傘って訳じゃあるめい?」
 「そのまさかなんですよ」
 ほう、と土方は胡坐の足を組みなおすと、二度三度頷いた。「ほう、ほう、ほう……で、そいつァ、ウラが取れてんのか?」
 「ちょいと調べてみましたところ、見た者は隊士含め複数でしてね」
 ほうほうほう、とまた土方は頷いて笑った。山崎が進言する。
 「どうしますか? このことに付いちゃ、緘口令を出しますか?」
 「いや、逆だ」と土方はニヤリと笑って答えた。「局中あっちこっちに言い触らせ。いいな? もっとガンガン広めろや」
 「え、いいんですか?」
 驚く山崎に土方は大きく頷いて立ち上がった。
 「俺ァそのこと、近藤さんに報告してくるわ」
 「え? しかしそれでは局中で沖田隊長の立場が危うくなるのでは?」
 「なあに、任せとけ」と土方は湧き上がる悦びに堪えずに含み笑いで請け負った。「悪いようにゃ、いや、悪いようにしかしねえよ。オラ、さっさと行って局中に広めて来いや、ザキ」
 そう言うが早いか土方は近藤勲が詰める局長室へと足早に向かった。
 あれ、いーのかなー? 副長、ここぞとばかりに沖田さんに意趣返しする気満々なんじゃね? と山崎は心配したが結論、別にどーでもいいか、と土方の部屋をあとにした。
 
 
 「で、これは何でさァ?」
 屯所の中庭に白装束で正座させられた沖田総悟は傍らに立つ土方に訊いた。後ろには隊士たちが列を作って直立不動で構えている。
 「すまねえなァ沖田。だがこいつも真撰組を守る為だ。仕方ねえ、泣いて馬謖を斬るってヤツだ。覚悟決めてくれや」
 局長、近藤までもが涙を隠せないながらも止めようとしない。
 「何の茶番ですかィ? 訳がわかんねえんですけどォ。大体真撰組守ろうってんなら、マヨの食い過ぎでコレステロール値がやばい副長を斬っとくといいんじゃねえですかィ?」
 いつもの沖田の憎まれ口にも、土方は余裕を見せて腰の刀を抜いた。
 「おい、介錯は俺がしてやる。さっさと腹切れ」
 「ちょ、マジ訳わかんねえんですけど? 何なんですかィ?」
 「士道不覚悟で切腹だァ。ここまでくりゃ分かってんだろーが」
 「ちょと待って下せィ。士道不覚悟ならまずザキでしょうが。あいつ局中でマガジンじゃなくてジャンプSQ.読んでますぜィ。ToLoveるダークネスばっかり読んでますぜィ」
 ちょ、なにテキトー言っちゃってんですかアンター! と山崎は真っ赤になって叫んだが取り敢えずその場で耳を貸す者は居なかった。
 「おい、沖田。まだわかんねえなら教えてやる」と土方は和泉守兼定の冴える白刃を沖田のうなじに突き付けながら言った。「局中法度、言ってみろ」
 「んな土方さんが気紛れで泥縄式に作ったモン、覚えてるわきゃねーでしょうが。第36条、恋愛漫画は『君のいる町』しか認めない、ですかィ? 『涼風』のラストであんだけ落ち込んでたくせに」
 「違うわあ! 局中法度第46条! 『万事屋憎むべし しかし新八君にだけは優しくすべし』だボケェ! しかもこれ作ったのァ俺じゃなくて近藤さんだ!」
 「で、それが俺が切腹しなきゃなんねえのと何の関係があるんですかィ?」
 「オイオイ、沖田」一旦兼定を引くと土方はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。「しらばっくれんじゃねえよ。お前、万事屋のチャイナ娘と相合傘決め込んでたらしいじゃねえか。それもイチャつきながらよォ」
 はあ!? とやっと沖田の顔色が変わった。「ちょ、ちょっと待ったァ! 誰がチャイナとイチャついてったてんですかィ!?」
 「オメーだよオメー。さあ、さっさと腹切れ」
 ふざけんなー! と叫んで沖田は逃げ出した。野郎ども、追え! と土方が指示を出すと真撰組隊士たちは沖田を追って屯所中を駆け回る。それを見届けると土方は兼定を鞘に収めて近藤の方を見た。
 「こんなトコでいいかい、近藤さん?」
 近藤は頷いた。「ああ、こんなもんだろう。まあアレだ、中高生の恋愛は周りが上手いこと煽ってやることが肝心だからな……しっかし総悟と万事屋のチャイナ娘がねえ。わからんものだな、トシよ」
 キョーミねえよ、と土方は言い残して自室に帰っていった。
 
 
 スナックお登勢の暖簾を、相変わらずただ酒をせびりに銀時がくぐった時のことだった。
 「おいコラ。カウンターに座る前に、まずツケを払え」
 お登勢が言うと銀時は、まあいーじゃねーか、今度長谷川さんがよく出る台教えてくれるっつってっからよ、とカウンター席に腰を下ろした。やれやれ、とぼやきつつお登勢は銀時の前に銚子を置く。「こんな時に保護者がこんなんでいいと思ってんのかい、アンタ?」
 「保護者ァ? 何の話だよ?」お猪口を舐めながら銀時は向かいのお登勢に訊いた。
 「おや、アンタにしちゃ野暮なとぼけ方だね、銀時」お登勢は一旦煙草を銜えたが、火を着けずに指に挟んだ。「親父さんから預かってんだろ、あの天人娘」
 すぐに悟って銀時は、「で、神楽がどうしたって?」と銚子を置いて言った。
 「おや、アンタの耳に一番に入ってるもんだとばかり思ってたがね」煙草を銜えなおすと火を着け、お登勢は銀時に向けて煙を吐いた。
 「煙をこっちに吐くのァよしてくれよ。酒が不味くなるだろ」
 遠回しに本題を話すよう銀時が促すと、お登勢は、ホントに知らないのかい? と煙草を口から放した。
 「かぶき町じゃあちょっとした噂になってるんだがね」
 「だから何の話だよ?」
 「万事屋のチャイナ娘と真撰組の若いのが出来てるってね」
 ああん? と銀時は銚子を傾けた。「真撰組の若いの? 誰のことだ?」
 「ほら、居るだろ? まだガキの年頃で口の悪いのがさ」
 お猪口に揺れる酒を見ながら銀時は思い当たった。「沖田か?」
 そうそう、そいつさ、とお登勢は煙草を銜えてふかした。
 「またまた。アイツら、面ァ合わす度にどつき合いだぜ? んなわきゃねーだろ」
 「喧嘩するほど仲がいいってね。こないだの雨の日、二人して仲良く相合傘してるところを見たヤツがいたとかね」
 「アレ? そーなの?」意表を衝かれた銀時はお猪口片手に、んー、と唸った。「でも相合傘くらいするだろ。最近の若いモンは」
 「じゃあアンタ、あのガキと同じ時分、年頃の娘と同じ傘に入ったことあるのかい?」
 「うっせーババア。ねーよ」と、毒づくと銀時はお猪口を舐めつつ神妙な顔になった。「なあ、ババア。その……俺、どうしたらいいか分かんない」
 「なに弱音吐いてんだい。あの娘預かったんだろう、アンタ。責任は持ちな。まあ娘一人を預かるってのは、そーゆーもんさ」
 お登勢の言葉に銀時は、えー、と頭を抱えた。
 
 
 酢昆布を咥えながら町を歩いていると、妙な視線がちらほら感じられ、神楽はつどつど振り向いた。振り向くと白々しい空気が漂っている。
 「なにアルか? 感じ悪いアルな」
 そうぼやきながら万事屋に帰ると、そこの主もまた妙な視線で神楽を見た。
 「やあ、お帰り、神楽ちゃん。お使いアリガトね」
 空々しい優しさを通り越して気味が悪い物腰で銀時が迎え入れると、神楽は早速蹴りを見舞った。
 「みんなして何アルか? 何企んでるカ?」
 「……ダメだよー神楽ちゃん。女の子がそんなことしちゃダメだよー」
 痛みに顔をしかめながらも銀時は笑みを絶やさずに優しく諭す。それがまた神楽の気に障った。
 「何だヨオ!? 私を嵌めるつもりアルか!?」
 「ダメだよー神楽ちゃん。女の子が襟首掴んで締め上げるとかしちゃダメだよー」
 「絞め殺されたくなかったらさっさと吐くアル」
 まあまあ、と扼殺されつつも銀時は必死に神楽をなだめ、ソファに座らせた。「ちょっと銀ちゃんとお話しようか?」
 「しねーヨ。それより早く飯食わせてくれヨオ。腹減った」
 「あ、お腹すいてるんだ? じゃあ酢昆布を上げよう」と、銀時は机の上に酢昆布の列を作った。
 「海藻類だけじゃなくて炭水化物とたんぱく質食いたいアル。特に炭水化物。あるいは肉」
 「じゃあうまい棒、食べるかな神楽ちゃん?」
 「さっきからキメーんだヨオ! なに言いたいアルか!?」
 えっとじゃあ、と銀時はいそいそと向かいのソファに座った。「神楽ちゃんはさー……その、どんな男の子がタイプなのかな?」
 「天パじゃなくてさらさらストレートで甲斐性ある男ネ」
 さらさらストレート……沖田もそーだったな、と銀時が冷や汗に濡れる一方、神楽の疑念はさらに増していった。
 「さっきから何言いたいアルか!?」
 「いやそのね、俺ら一緒に万事屋やってるわけじゃん? 仲間のこともっと知りたいじゃん? 神楽っちのこともっと知りたいじゃん?」
 「うるせーボケ。なに無理やり不登校児童を迎えに来させられたクラスメートみたいなセリフ抜かしてんだヨ」
 「えっとオ、さっき甲斐性のある男が好きって言ってたけど、やっぱ定職についてる男がいいのかな? 公務員とか?」
 ウゼー、と言いながら神楽は一応考えてみた。「まあ給料もよこさずパチンコに入り浸ってる男よりそっちがいいアルな」
 定職……公務員……アイツばっちり当て嵌まってんじゃねーか、と銀時は冷や汗にしとどに濡れる。どうする? もう直球で訊くか? いやいや早まるな銀時、まず外堀から攻略して行け。
 「年はどのくらいが好き? 年上派? 年下派かな?」
 はあ? とますます怪訝を深める神楽を、まあまあ、参考にだよー、と銀時はなだめた。下手に出られて神楽も取り敢えず矛を収めた。
 「んー……年上アルかな?」
 「年上? 新八くらい?」
 「あんなガキごめんアル。もうちょっと大人がいいアル」
 新八よりもうちょっと大人……あれ? 丁度ドンピシャじゃね? 沖田ドンピシャじゃね? もういっそ、内堀まで侵入しちゃってもいいんじゃね? と銀時は覚悟を決めた。
 「じゃあさ、神楽ちゃん。その、例えば、あ、例えばね、例えばの話だからね?」
 「さっさと言うアル」
 「んー……神楽ちゃんは、その、例えば沖田あたりはどう思ってんのかなーとかね」
 「サディスト」
 「そんだけェ!? しかも即答ォ!?」
 「だから何だヨオ! さっきからしつけーんだヨオ!」
 神楽が間の机をまたいで第二撃を加えようとしたその時、万事屋の戸が開いた。
 「新八アルか? 良かったアル。さっさと飯作ってもらうアル」
 だが挨拶もせず部屋に入ってきたのは新八ではなかった。
 「リーダー……」
 「おい、ヅラ。今取り込み中だから邪魔しないでくれる?」
 だが銀時の言葉も耳に入らず桂小太郎は真剣な顔で神楽に真っ直ぐ向かい合った。
 「なにアルか、ヅラ?」
 「ヅラじゃなくて桂……はさて置き、リーダー。訊きたいことがある」
 「んだヨオ? 早く言えヨオ」
 「リーダー……リーダーが攘夷活動を抜けて真撰組隊士へと降嫁するとは本当か!?」
 「ヅラぁ! テメエ飛躍しすぎィ! あと神楽は攘夷活動してないからね? むしろ攘夷される方だからね?」
 焦る銀時を他所に、神楽は、は? と不可解を口にした。「こーかってなにアルか?」
 「誤魔化さないでくれリーダー! リーダーが真撰組一番隊隊長、沖田総悟と付き合っていると言うのは本当なのか!?」
 「おいィヅラァ! なにテメエいきなり本丸に突撃してやがるァ!」
 慌てふためく銀時だったが、神楽本人は驚愕に開いた口が塞がらない。ようやくにして
 「なに突然わけわかんねーコト言ってるアルかヅラァ!?」
 と赤顔して叫んだ。
 「お願いだリーダー! 銀時のようなその場のノリで生きている適当な男にはともかくこの俺には本当のことを話してくれ! リーダーが沖田と一つ傘の下、仲睦まじく雨を避けていたとの巷の噂は本当なのか!?」
 「勢いだけで生きてるオマエにだきゃあ、その場のノリで生きてるとか言われたくねえんですけどォ!」
 あまりの言われように思わず銀時が横から口を出したが、桂と神楽は無言で向き合っていた。が、ふと神楽が気不味そうに目を逸らす。
 「リーダー!」
 「え? 神楽ちゃん、それマジなの!?」
 「違うアル!」と顔を赤らめたまま神楽は必死に抗弁した。「ただ私が傘さして帰ろうとしたらアイツが勝手に入ってきただけアル!」
 「え? マジでか神楽ァ!?」
 「リーダー!」
 いい歳をした男二人に必死な形相で迫られて、後ずさった神楽はせっぱ詰まった挙げ句怒りを爆発させた。
 「うるさいアル二人とも! バカ銀ちゃん! アホヅラ!」
 そう言い残すと机の上の酢昆布とうまい棒を余すところなくかっさらって、二人を押し退け駆け出す。後ろから銀時と桂が何事か叫びながら呼び止めようとしたが、耳も貸さず万事屋を飛び出した。
 両手一杯に酢昆布とうまい棒を抱いてかぶき町を駆け抜ける。擦れ違う人々、遠巻きに見る人間全てに、後ろ指を指されているような気がしてカッカと上気した。
 どこを目指して走っていたつもりもなかったが、神楽は人を避けて人気の無い小さな廃寺の境内に辿り着いていた。縁に上がり空腹に耐えかねて酢昆布をかじりうまい棒をムシャムシャ音を立てて勢いよく食べる。
 「おい、そこのガキ。悪ィが何か食い物持ってんなら分けてくんね? こちとら今朝から何も食ってねえんでィ」
 と、背後から弱々しく声を掛けられた。
 「はあ? フザケンナヨ、これは全部私のものアルね」と神楽が振り返ると、そこには白装束を着た沖田総悟が憔悴した顔で立っていた。
 「うお! チャイナ!」
 振り返った神楽の顔をみとめると、総悟は顔を赤らめて驚いた。
 神楽の方は突然に会った総悟に、同じく顔を赤らめてしばし言葉を失ったが、無言のまま沖田に飛び掛かって拳を振るった。
 「なにしやがんでィ!」
 と、総悟はかわして逃げるが、神楽は狭い境内を駆け回りながら総悟を追う。
 「沖田ァ! 飯食わせろォ!」
 「訳わかんねえ!」
 「オマエのせいでご飯悔いそびれるは銀ちゃんたちにからかわれるは、全部オマエのせいアル!」
 「ふざけんなよォ!」と、応戦しながら総悟は叫んだ。「こっちはテメエのせいで切腹させられそうなトコ命からがら逃げてきたんでィ! いいからうまい棒寄越せよォ! コーンポタージュ味寄越せよォ!」
 「ザケンナヨ! テメエこそ約束の酢昆布1ダース早く寄越すアル! この際海藻類でも腹の足しにするアル!」
 「んな金持ってるように見えるかよ? 身一つで逃げてここに身を潜めてんでィ」
 「使えねーアルな。大体なにアルかその格好? 破面の真似アルか? 刀無いのにエスパーダ気取りアルか?」
 「だからテメーのせいで切腹させられそうになったっつってるだろうがよォ!」
 「何で私のせいアルか?」
 ふと神楽が言った一言に、総悟は答えに詰まった。
 「……あの時、テメエが大人しく傘貸さねえからだろうがよ」
 目を逸らして言う総悟に、神楽も少しどぎまぎして言い返した。
 「……それはこっちの台詞アルね。オマエが私の傘に割り込んでくるから銀ちゃんたちに誤解されたアル」
 二人ともしばらく互いに目を逸らしたまま無言でいた。沈黙を埋めようと総悟は、縁に散らばるうまい棒を一つ取って口にした。「うめえ」
 何勝手に食ってるアルか、と神楽は言ったが声は小さかった。「何で、ほんのちょっとだけ一緒の傘に居ただけでこんなからかわれなきゃいけねーんだヨオ。アイツら中学生アルか?」
 「そいつァあれだ」むくれる神楽に総悟は、口の中を粉なだらけにしながら教えてやった。「テメエが俺と面ァ合わせるたびにいつも喧嘩振っ掛けてっからさァ」
 「喧嘩振っ掛けてくんのはテメエの方アル!」
 まあ聞けや、と総悟は食ってかかる神楽を黙らせた。「どっちにせよ俺らは仲が悪いと思われている」
 「実際仲悪いアル」
 それはそうだが、まあ聞けや、と総悟は繰り返した。「問題は実際に俺らが仲悪いかどうかじゃねえ。周りの連中が俺たちをそう認識してるって事だァ」
 「よく分からないアル」
 「つまりな」と総悟は説明した。「普段は仲が悪くて喧嘩ばっかしてると思ってた人間二人が、偶々自分たちの見てねえ所でそうじゃねえ行動取ったとするァ。それを人伝てに聞いたら、そいつらはどう思うと思うよ?」
 総悟の言葉に神楽は考え込んだ。「……映画のジャイアン効果アルか?」
 「テメエその例え好きだな。まあそう言うこった。普段喧嘩ばっかしてる分、たまに同じ傘で帰ったとなっちゃあ、それを聞いた連中にゃあインパクトでけえってこった」
 「ギャップってやつアルな」
 総悟は頷いた。
 「じゃあどうすればいいアルか?」と神楽は訊いたが、
 「知るかよォ」と投げやりに総悟はぼやいた。「畜生、俺ァこんなチンチクリンぜんぜん好みじゃねえのによ」
 「それはこっちの台詞アル! こっちだってテメエみたいなのは願い下げアル!」
 そんなのァ知ってら、と総悟は次のうまい棒を頬張りながら呟いた。「とにかく連中の頭の中の俺らのイメージはもう、『普段は喧嘩してるが実は人目のねえトコじゃあ仲がいい』になっちまってる。コイツを覆さなきゃなんねえ」
 「どうやるアルか?」
 しばらく考えて、総悟は言った。
 「逆をやりゃあいいかもな」
 逆? と神楽は訊いた。「逆って『普段は仲がいいけど実は喧嘩してる』アルか? ザケンナヨオ! オマエと仲良しごっこやれるかヨオ!」
 「演技でィ、演技」と総悟は言った。「こっちもテメエと仲良しこよしをやる気ァねえ。ただ今までのみてえに、面ァ合わせるたびにどつき合い、てイメージを払拭できりゃあいい。要するにただの知り合いを演じりゃ良いわけだ。分かるか? ただの顔馴染みだ。顔合わせりゃ普通に挨拶、たまに飯も食う。特に仲良くもなきゃ、悪くもねえ。そういう振りすりゃ良いわけだ」
 んー、としかめっ面で神楽は考え込んだ。「具体的にどうすればいいアルか?」
 「取り敢えずまずは……」と総悟は神楽に当面の作戦を伝えた。
 「しょうがないアルな」と神楽は諦めて承諾すると、ふと何気なく、沖田に訊いた。「ところでサドの好みってどんなアルか?」
 「そりゃあボン、キュッ、ボンに決まってんだろ。あとお姉ちゃん、じゃなかった姉上、じゃなかった、姉貴みてえな女だな」
 「訊いた私がアホだったアル。シスコン野郎が」
 ため息をつく神楽に総悟は訊き返した。「じゃあおまえの好みってどんなんだよ?」
 「そんなん……」言い掛けて神楽は銀時に答えた言葉を思い出した。
 髪はさらさらストレート、新八よりちょい年上、公務員……
 「いや、アレは銀ちゃんに対する当てつけだし!」
 「何いきなり怒鳴ってやがるァ?」
 「何でもねえヨ! 取り敢えずテメエじゃねえアル!」
 だろうな、と総悟は鼻で笑った。
 
 
 なんか続く

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